印刷用(PDF版)はこちら。
作業を行う上での安全対策
今回対象となる資料は汚泥やカビだけではなく、その他の有害な物質に汚染されている可能性が考えられる。人体への安全性を第一に考え、長時間の作業で体調を崩すことのないよう、以下の点に十分に注意する必要がある。
- 換気に気をつけて作業する。特にドライ・クリーニングはできるだけ屋外で行う。屋内で行う場合には、塵埃を撒き散らさいようにHEPAフィルター付き真空掃除機(※)で吸引しながら行う。
- エプロンを着用するか、汚れてもよい服装で行う。
- 塵挨やカビ胞子が飛散する恐れがあるので、NIOSH N95準拠のマスク(※)を必ず着用する。
- 使い捨て手袋をなるべく使用する。ドライ・クリーニングや消毒用エタノールを使用した殺菌処置を行う場合は必須。
- 作業後には手洗い・うがいを行う。
- 作業中に体に何らかの異変が起きた場合は、すぐに作業を中断して医師に相談する。
※ HEPA掃除機やN95マスクについてはこちらを。
復旧処置工程
下記作業(解体から乾燥まで)を3~4人で行った場合の1日の処置量は、250~300枚程度(A4版換算で)/日。
ここで使用する機材については、「必要機材リスト」を参照。
①解体・ナンバリング
簿冊、ファイル文書、和装本など表紙がある資料は、紐や糸を切る、ファイルから外すなどして、表紙から本文紙を取り出す。ステープルやクリップなどの金属物は除去する。その後、スパチュラや竹べらなどを用いながら本文紙を1枚ずつ剥がし、順番を違えないように本文紙の右下隅に、鉛筆で通し番号を書く。破損や汚れ等で右下隅への書き込みが難しい場合は、その付近で書き込み可能なところに記入する。ポスターや図面など、オモテ面への番号記入に差し障りがある場合は、ウラ面の右下隅に書き込むのも可。ページ番号があるものは、特に必要ない。一枚もので順不同になっても構わない場合は、ナンバリングは行わない。
②ドライ・クリーニング
刷毛や超極細繊維のクリーニングクロスを使用して、資料表面の泥・砂・埃・カビ残滓等を除去する。刷毛やクロスを直接あてると破損を招く恐れのある脆弱な資料に対しては、資料にネットを被せ、その上から掃除機で吸引すると良い。刷毛やクロスを用いる場合、汚れを取ろうと力を入れすぎると、資料を傷めることになるので注意する。特に、紙力の落ちた資料や和紙の資料は、摩擦によって紙を傷めたり、紙の中に汚れを擦り込んでしまったりするため、気を付ける。部分的に固着した泥等は、スパチュラやピンセットを使って物理的に取り除く。この場合も、必要以上に行うと資料を破損させる恐れがあるので、無理には行わず、次の洗浄工程に委ねる。
なお、ドライ・クリーニングの工程は、洗浄以降の工程とは別に、あらかじめまとめて行っておいて良い。
【注意事項】
- 使用した刷毛・クリーニングクロスは他の用途に転用しないこと。作業が終わったら、良く洗浄してアルコール殺菌する。
- 人体に有害な塵挨やカビ胞子を作業場に拡散させないように、基本的に屋外で行うのが望ましい。屋外での作業が難しい場合は、 HEPAフィルター付き掃除機と、覆いとなるもの(コルゲート・ボードの箱など)を組み合わせた簡易的な設備(ドライ・クリーニングBOX:動画参照)を 利用すると、周囲への粉塵の飛散を抑えられる。
③洗浄
バットやコンテナに水を張り、発砲プラスチックボードなどを浮かせて作業台とする(フローティング・ボード法[注1])。資料をネットの上に載せ、軽く折れやシワを伸ばす。別のネットを資料の上に被せてから発泡スチロール板の上に載せる(「フローティング・ボード法(断面図)」参照)。板を軽く押して、資料の上に水を流し入れる。その後、ネットを外し、資料を刷毛で直に撫でながら、汚れを落としていく。片面を洗い終えたら、再びネットを被せてネットごと裏返し、もう片面も同様に洗う。ただし、薄い和紙や、虫損の酷い資料、あるいは紙力が落ちている資料は、直接刷毛をあてると破損を招く恐れがある。その場合は、ネットを被せたままネットの上から刷毛で撫で、汚れを穏やかに落とすにとどめる。
汚れの著しい資料に対しては、バット等を2つ用意し、1つをすすぎ用とするのも良い。その場合も、発泡スチロール板上で行う。
洗浄が終わったら、ネットごと資料を持ち上げ、軽く水気を切ってから吸水クロスの上に置く。その後、資料を挟んでいたネットを不織布に取り替えて、フラットニングの工程に備える。取り替えの手順は以下の通り。まず、オモテ側のネットを外して不織布に換える。次に、ネットと不織布に挟んだ状態で資料を裏返し、オモテ側に来たネットを外して不織布に換える。最後に、不織布の上から吸水クロスや吸水スポンジで軽く押さえて、水分を取り除く。
【注意事項】
- インクが滲みやすく、文字が消失する恐れのある資料に対しては適用を避けたほうが良い 。
- 不織布は、後の乾燥・フラットニングにおける紙の挙動に大きく影響し、仕上がりを左右する重要なポイントとなる。そのため、寸法安定性と柔軟性に優れ、かつ高強度であり、表面が滑らかな不織布の使用を勧める。 (「必要機材リスト」を参照)
- ボードは、水に浮くものであれば木の板でも構わないが、発泡スチロール板やスチレンボードは軽量で加工しやすく、一定の強度があり扱いやすい。また、ほど良く「しなって」水を上に流しやすいという点も、この用途には適している。
- 洗浄には温水を使用しても良い。特に寒い時期の作業では、温水使用が望ましい。
- 特に脆弱な資料については、(株)資料保存器材の特許技術「クリーニング・ポケット法」を利用する方法もある。しかし、脆弱な資料は基本的に扱いが難しいため、判断に迷った場合は専門家の手に委ねた方が良い。クリーニング・ポケット法の詳細はこちら。なお、同法も非営利目的に限って無償提供する。
- 殺菌処置を行う必要がある場合は、洗浄前にネットの上で乾いた資料を伸ばす際に、消毒用エタノール等を噴霧する。濡れた状態でのエタノール噴霧は殺菌効果がほとんどない。
④乾燥・フラットニング
コルゲート・ボードの上にろ紙を置く。そのろ紙の上に不織布に挟んだ資料を載せる。次に資料の上にまたろ紙を置き、最後にコルゲート・ボードを重ねる。全体の構造としては、資料を不織布でサンドイッチ、不織布をろ紙でサンドイッチ、ろ紙をコルゲート・ボードでサンドイッチとなる(断面図を参照)。これを洗浄した紙ごとに繰り返し、高さ30センチ程度まで積み重ね、一番上にプレス板を載せる。積層したボード類を固定し、若干の圧力をかけるため、適度な重さの重石(動画では6kg)をプレス板の上に置く。コルゲート・ボードの孔のあいた断面側に扇風機を配置し、風を2~4時間(紙の種類等により異なる)当てて乾燥させる(エア・ストリーム乾燥法[注2])。
【注意事項】
- 資料を挟んだ不織布の端が、コルゲート・ボードからはみ出さないように注意する。コルゲート・ボードの孔を不織布で覆ってしまうと、送風機能が十分に働かず、乾燥ムラができたり、乾燥時間が長くなったりする。
- 「③洗浄」から「④乾燥・フラットニング」までは一連の流れで行う必要がある。作業人数が多く、1日でかなりの枚数の洗浄~乾燥・フラットニングを行える時は、上記のエア・ストリーム乾燥法のユニットを幾つか並べて使う方法と、スチールラックと工業用扇風機を組み合わせ、縦に連結したユニット(縦型連結ユニット:動画参照)を新たに作成・導入する方法がある。縦型連結ユニットは、大量の資料(約100枚/棚×3棚=約300枚(A4))を省スペースで一度に乾燥できる。
⑤整理・保管
乾燥を終え、フラットになった資料を取り出し、元の順番に並べる。簿冊やファイル文書など、簡単に綴じることができる資料は新規の糸やファイルを用いて綴じ直す。それ以外のものについては、資料を冊ごとに別の紙でくるみ紐等で束ねる、もしくは封筒に入れて保管する。
※ 上記の復旧処置作業は、専門的な知識や技術を持たない方へ向けたものとなっている。資料の綴じ直し・再製本や本格的な修復が必要な場合、判断に迷うような資料状態の場合は、別途専門家に相談すること。
資料の仕上がり(サンプル)
[注1] フローティング・ボード法によるクリーニングは1966年のフィレンツェでの大規模図書館・アーカイブ被災資料の汚れ落としに導入された。 Cains, Anthony (2009), The work of the restoration centre in the Biblioteca Nazionale Centrale di Firenze 1967-1971, In; Conservation Legacies of the Florence Flood of 1966, Proceedings from the Symposium Commemorating the 40th Anniversary, 29-70.
1966年のフィレンツェ被災文書の洗浄に導入された
フローティング・ボード法。木製の板(合板)が使われた
フローティング・ボード法。木製の板(合板)が使われた
[注2] 1980年代に米国西海岸の印刷所でリトグラフ等の印刷直後の湿った紙を早くフラットに乾かすために開発され、ペーパー・コンサベーションの分野でも使われるようになった。この乾燥法の科学的な裏付けについては 「エア・ストリーム乾燥法―大量の湿った紙媒体を早く、平らに乾燥する」 を参照。